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関ヶ原の合戦 大谷吉継(西軍) 陣跡    

2014/09/20 大谷吉継陣跡
2014/09/20

大谷吉継(おおたに よしつぐ)の陣跡は、関ヶ原西部の山中(地名も山中だし)にあります。

えーっと、なんて言えばいいのかな、歴史の教科書に載ってるわけでもないので一般的には知名度は低いんだけど、歴史好き、特に関ヶ原にわざわざ訪れるくらい関ヶ原の合戦が好きな人には、とても人気の高い武将です。なので、史跡巡りに来た人は吉継の陣跡は外せないようで、まともな駐車場も無く、広い道から結構歩くような場所にあるにもかかわらず、次から次と人が訪れます。通な人は「吉継」ではなく官位の「刑部(ぎょうぶ)」と呼ぶ方もいますね。

2014/09/20 大谷吉継陣跡吉継は、年齢も豊臣秀吉に仕えた時期もほぼ同じの石田三成の親友で、合戦当時は越前敦賀5万石の領主でした。上洛の命令を固辞した会津の上杉家を討伐する(会津征伐)為に、徳川家康が多くの武将を引き連れて大坂から東へ下るとき、それに賛同し敦賀から会津へ向かう途中、岐阜県の垂井で三成の使者に呼び止められました。そして、三成の居城の佐和山城(彦根市)で三成から西軍に付くように説得され、三成側に付いたとのことです。当初は「家康に勝てるはずがない」と首をなかなか立てに振らなかったようですが、長年の親友である三成の熱心さに折れた格好となります。
吉継は秀吉に「百万の兵を与え自由に指揮を執らせたい」と言わせるほどの戦上手ではあったのですが、合戦当時は業病(ハンセン病)を患っており、顔はただれて膿が滴るほどであり、更に目が殆ど見えない状態だったとの事です。その理由でいつも頭巾で顔を隠していて、戦には輿に乗り参戦しました。

2014/09/20 大谷吉継陣跡西軍は合戦の前日に大垣城より移動してきて陣を造りましたが、吉継は2週間前からこの場所に2500人の兵で陣取って野営の部隊として待機していました。
そして合戦当日、前半は藤堂高虎・京極高知の軍と奮戦。ところが午後になって小早川秀秋が寝返って大谷軍の脇から襲撃してきました。しかし、戦上手の吉継は既に秀秋の寝返りは読んでおり、陣が高所にあることを利用して1万5千の小早川軍を3回も退ける大健闘をします。しかし、小早川対策として布陣させておいた脇坂安治・朽木元綱・小川祐忠・赤座直保らも東軍に寝返り、大谷軍は壊滅することになりました。
吉継は陣の壊滅を悟るとこの場にて家臣の湯浅五助の介錯で自害(切腹)しました。吉継は己の首を東軍に晒したくないと言い残したので、首は五助により隠れた場所に埋められ、最後まで分からなかったそうです。


2014/09/20 大谷吉継陣跡2014/09/20 大谷吉継陣跡陣跡より50mほど南東にある「松尾山眺望地」。この場所から大谷隊が小早川軍を監視していたのかは不明だけど、この場所からは急な下り坂になっていて、小早川軍が攻めてきてもなかなか上れなかったと思う。まして当時は重い甲冑を着てるんだから、小早川軍が3回も退いたのが納得できる。こういう地形を利用して少人数で大軍と互角の勝負をした吉継の戦上手ぶりはただただ感心するばかり。

2014/09/20 大谷吉継陣跡「松尾山眺望地」から小早川軍がいた松尾山を望む。

小早川の陣とは結構距離あります。
あんな遠くから一気に山を下って、そしてこの急坂を上ってくる頃には小早川軍はヘトヘトなのも当然。
吉継はそんなことも計算尽くだったんでしょうね。


合戦の前から西軍に勝ち目がないと読んでいた吉継。
それでも親友の三成の為に病をおして参戦、しかも大健闘。
しかし、やがて敗北して自害。
そんな散り方が、人を引き付けるんでしょうね。

関ヶ原合戦史跡地図

ちなみに、陣跡から北へ250m程のところに、吉継と五助の墓がありますが紹介は後日。

大河ドラマ「軍師官兵衛」では、ちょい役扱いっぽくて残念。
いつかは「三成と吉継」or「佐吉と紀之介」みたいな感じで大河ドラマやらないかな。
そうそう、吉継の娘は真田信繁(幸村)の正室なんで、再来年(2016年)の大河ドラマ「真田丸」に出てくるかもしれないね。

※吉継の陣跡に夏に訪れるときは虫除けが必須です。やぶ蚊の襲撃が半端無い。


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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術
タグ:関ヶ原の合戦 大谷吉継
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