バイクを乗りまくり 写真を撮りまくり ぼやきを吠えまくり

このページの記事

増上寺 あの将軍様やあの姫様が眠る寺(2)   

2015/03/22 増上寺
2015/03/22 増上寺 徳川家霊廟

前回の増上寺の続き。

増上寺年に数日しか一般公開しない増上寺の本堂裏にある徳川家霊廟。
事前に増上寺のHPを調べたけど、訪れたこの日は一般公開の日じゃないみたい。
で、当初は霊廟の入り口の門だけ写真に撮って帰ろうと思ってた。そしたら「徳川家霊廟特別公開」なんて看板があったわけで、門横の受付らしきところで「今日観れるの?」と尋ねると「観れますよ」との返事。予想外の展開に顔がにやけまくり状態で、拝観料500円払って記念の入場券と絵葉書とパンフレットをもらって霊廟の中に入ってみた。マジうれしーぜよ!!。

ちなみに、この門は六台将軍の徳川家宣の宝塔前の中門だったもので、元国宝だったんだと。

img053a.jpg戦前には各将軍毎に立派な霊廟があり、中に御霊を祀る宝塔が設けられてたんだけど、戦災で霊廟は焼け落ち荒廃したため、残った宝塔を一箇所にまとめて、新たに徳川家の霊廟としたんだそうだ。宝塔の並び順は左の図のお通りね。(入場パンフレットより)

2015/03/22 増上寺合祀塔

もともとは月光院(六代将軍家宣の側室で七代将軍家継の母)の宝塔だったけど、家宣の父の徳川綱重や五代綱吉の生母桂昌院など多くの徳川家の婦人や子女が埋葬され祀られてます。

2015/03/22 増上寺静寛院和宮

"皇女和宮"やね。好きやわぁ、この人。書きたい事いっぱいあるわぁ(笑)。
幕末期に公武合体で皇族から徳川家に降嫁したことで有名。いやいや徳川家に嫁いだのに、夫の家茂とおしどり夫婦となり、最終的には天璋院(篤姫)と共に江戸城無血開城に尽力しました。

下記の二つの和歌が有名やね。

断り続けていた徳川家との縁談を、説得されて国と国民の為と泣く泣く承諾した時に詠んだ歌。
 「惜しまじな 君と民とのためならば 身は武蔵野の 露と消ゆとも

第2次長州征伐で夫の家茂が大阪に赴いたときに、土産として西陣織をおねだりしたけど、家茂が大阪で病死して遺骸と共に西陣織が届いたときに詠んだ歌。
 「うつせみの 唐織衣なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ

享年32と若くして他界したんだけど、当時の明治政府は葬儀を神式で行う予定だったのを、和宮の「家茂の側に葬って欲しい」との遺言を尊重する形で、仏式で行われたんだそうだ。墓も京都に設ける予定だったけど、これも遺言で増上寺の家茂の隣に祀る事になったとのこと。

・・・・泣けるなぁ。

発掘調査時に男性の写真を抱いていたらしいけど、翌日には真っ白に退色していて、写っていたのが誰か確認できなかったらしい。ただ家茂の可能性が高いとの事、というかそうであって欲しいやね。

2015/03/22 増上寺十四代将軍 徳川家茂

和宮の夫やね。降嫁していろいろ苦労していた和宮の心のよりどころ。
とても仲が良かったそうだ。
でも、第2次長州征伐の途上で大坂城にて病死(享年21)したため、和宮との夫婦生活は3年で終焉を迎えた。

2015/03/22 増上寺六代将軍 徳川家宣  正室 近衛熙子

夫婦で祀られてるとのことだけど、よく知りません。
Wikipediaで見ると、将軍在籍期間が3年しかなく、功績と言えば、悪政で名高い"生類憐みの令"を廃止したことかな。
正室の近衛熙子はもっと分かりません(笑)。

増上寺二代将軍 徳川秀忠  正室 江

秀忠と江が夫婦で祀られてます。
元々の秀忠の宝塔はとても立派で威厳のあるものだったんだけど木造だったために戦災で焼失して、妻の江の宝塔にての合祀となりました。
六歳年上で、織田信長の姪にあたる江は気も強く、秀忠は江に尻に敷かれてたようだったらしいけど、夫婦仲はとても良かったようで、秀忠は生涯側室は持たず、江との間に子供を7人も作ってます(隠し子はいたけどね)。まぁでも、江の宝塔に秀忠が御やっかいになったようなもんなんで、今でもあの世で秀忠は江に頭が上がらないんじゃないかな(笑)。

豆知識として、江は秀忠の前夫の豊臣秀勝との間に出来た娘(完子・さだこ)が摂関家である九条家に嫁ぎ、その子孫が大正天皇に嫁いでいるので、現在の今上天皇は江の血を引き継いでいることになるよ。つーか、今の天皇には織田、豊臣、徳川、浅井の血が流れてるわけで・・・・。

という事で、小浜で初の墓、大阪で茶々(淀殿)の墓、そして東京で江の墓と、何気に浅井三姉妹の墓をこの18きっぷの旅でコンプリートしてしまいました。江の墓は無理だと思ってたんでチョー嬉しいっす。

増上寺増上寺増上寺
残りの三名は・・・
左:七代将軍 徳川家継
中:九代将軍 徳川家重
右:十二代将軍 徳川家慶
この三名は、申し訳ないけど歴史的にコレといった功績もないしおいらも知らないんで割愛。



まさかの徳川家霊廟の拝観。行ってみて良かったぜよ。

ところで、東京での他の徳川家霊廟として有名なのに寛永寺ってお寺があるんだけど。
今まで一般公開されてなかったのが、最近になって5名以上のグループなら拝観できるようになったとの事。
寛永寺は八代将軍徳川吉宗や天璋院(篤姫)らが祀ってある場所で、是非行ってみたい場所。
誰かおいらと一緒に行かない?

悠々輪々 史跡巡りマップ


にほんブログ村 バイクブログ ツーリングへ にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ にほんブログ村 釣りブログ バスフィッシングへ
    ブログランキングに参加しています。
    今日もご覧いただきありがとうございました。

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術
タグ:18きっぷの旅 増上寺 徳川家霊廟
  1.   2015/11/18(水) 19:03:07|
  2. 歴史 史跡 墓・供養塔・霊廟
  3. | コメント:0
<<緋牡丹の子株を発見 | ホーム | 2015/10/20 ハート星雲(IC1805)と胎児星雲(IC1848)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

アマ蔵

Author:アマ蔵
大好きなバイクに乗って、好きな写真を撮ってます。

ツーリングレポや写真、その他管理人が思っていることを綴っていこうと思っています。


admin * Upload

QR
 × 携帯
 ○ スマホ


お約束

  • 画像及び文章の著作権は当ブログの管理人にあります。無許可での転用転載は禁止いたします。
  • 当ブログの内容により生じた損害について、その責任を負いません。
  • 誹謗中傷・広告・当ブログに内容がそぐわないコメントやトラックバックは削除します。
  • 当ブログはリンクフリーですのでご自身のHPやブログにリンクするのは自由です。
  • 動作確認ブラウザはInternetExplorer、GoogleChrome、Firefox(Ver.13以降)です。それ以外のブラウザの動作は保証いたしかねます。

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

最近のコメント

カテゴリー一覧

全記事のタイトルを表示

カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

タグ一覧

ブログ内検索

メールフォーム

連絡がございましたら
こちらからどうぞ。


あなたの名前:
あなたのメールアドレス:
件名:
本文: